沖縄探索日記
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沖縄の王尚氏


チュゥウガナビラ ♪ (訳:こんにちは)



GIMAです。



今日は昨日の続きで尚寧王のお話です。



翌1610年、島津氏に強制されて尚寧王は生まれて初めて首里城を離れ、江戸へと向かいます。



途上の駿府では大御所徳川家康に、8月28日に江戸城にて将軍徳川秀忠に謁見しました。



そして琉球国侵攻の功績として、島津は家康から琉球の支配権を承認されたほか、奄美大島を割譲させ直轄地としました。



それから一年後の1611年、尚寧王は琉球に戻され、三司官以下(鄭迥・謝名親方利山ら旧臣を除く)の重臣に島津への忠誠を誓う起請文を提出させられます。



そうする事によって初めて国家としての存続が許されたのですね。



それと同時に尚寧王は琉球の貿易権管轄などを書いた「掟十五条」を認めさせられ、琉球の貿易は島津が監督することとなります。



こうして島津は第二尚氏を存続させながら、琉球国を過酷に間接支配するようになるのです。



今日は以上です。







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この記事へのコメント
1. 薄酸っぱさ    2007年06月01日 22:40
4 中皮腫や天狗熱などに関係しているかしら?インドネシアはすごく分かるような気がする。
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