沖縄探索日記
沖縄探索日記



沖縄ー琉球民族


琉球民族(りゅうきゅうみんぞく)とは、旧琉球王国の領域である沖縄諸島、先島諸島、奄美諸島の言語、生活習慣、歴史を本土の大和民族のものとはっきりと区別する時に使われます。


「琉球」は元々の自称ではなく、中国側からの名称で隋の時代に成立したとされています。


かつて台湾島を「小琉球」、沖縄本島を「大琉球」と呼び、そのために両者が混同される事も多々ありました。


そこで中国の明の時代あたりから、台湾島は「台湾」と呼ばれる様になり、小琉球という呼び名が使用されなくなったため、「琉球」は琉球王国の名称として定着したと言われています。
チュゥウガナビラ ♪ (訳:こんにちは)



GIMAです。



今日は昨日に引き続いて琉球民族の歴史パート2です。



第二次世界大戦終了後、沖縄県は奄美諸島とともにアメリカ軍によって日本から切り離され、1953年に琉球政府施政が発足しました。



国際法上琉球人(Ryukyuan)として日本人ともアメリカ人からも区別され、パスポートも琉球政府発行のものが交付されました。



奄美出身者ははじめ琉球人とされたが、1953年に奄美群島は日本に返還され、沖縄に出稼ぎにきていた奄美人は「日本人」になったんです。



その為、沖縄で仕事を続けるためには居住許可が必要となり、政治的権利は剥奪され、土地所有権の取得が認められないなど、沖縄に住む奄美人は様々な差別を受けることになりました。



さて1972年5月15日、沖縄が本土復帰し沖縄県が復活します。沖縄出身者は日本国民としての地位がやっと保障されたんです。



実は、沖縄県民は純粋な琉球民族だけではありません。



沖縄には、比較的少数ですが、本土からの大和民族の移住(定住)者(ウチナーヤマトンチュ)や、中国からの移民、15世紀の大交易時代の名残からフィリピン系、スペイン系の琉球民族との混血等、琉球民族以外のルーツを持つ住民も存在するのです。



まさにチャンプルー民族ですね。



また、伝統的な文化面で、沖縄諸島と八重山諸島・宮古諸島・与那国では島が離れているため、少々異なります。







チュゥウガナビラ ♪ 



GIMAです。



今日は琉球民族の歴史パート1です。



ちょっと長いので何回かに分けて書いてゆきますね。



実は琉球民族のルーツは、アジア大陸と東南アジアの混血なんですね。



12世紀に農耕社会が始まり、グスク文化、三山時代をへて15世紀には琉球王国が成立します。



琉球王国は中国への朝貢、東南アジアとの交易で栄えましたが、1609年に薩摩の島津氏に侵略され、裏では、薩摩藩の間接支配を受けるようになります。



その一方で中国への朝貢も続けられ、表向きは中国、裏では日本、日中両属の状態になりながらも独自の国と歴史と文化を守ってきたんです。




1872年に琉球王国は、琉球藩(琉球処分)になり、1879年に沖縄県が成立し、琉球民族は日本人と位置づけられました。



それ以降、沖縄は経済基盤が脆弱であったため、ハワイ、中南米・日本本土へ移住・移民する人が多かったんです。移民は戦後も続きました。



今日は以上です。



次回は戦後のお話です。



チュゥウガナビラ ♪ 



GIMAです。



今日はウチナーンチュのルーツについて語りたいと思います。



琉球民族(りゅうきゅうみんぞく、琉球人、ウチナンチュー)は、琉球諸島の民族といわれています。



明治期に日本に同化政策される以前より、主に本州や九州などに住む大和民族や中国の諸民族とも異なる独特固有の文化・習慣・歴史を持つ人々なんですね。



沖縄諸島、先島諸島などにルーツを持ってるんです。琉球諸島内に限っては、少数民族ではありません。



しかしながら大東諸島だけは、明治に発見され開拓され大和民族伊豆諸島八丈島出身者の移民やその子孫が多いといわれています。