沖縄の伝承話
チュゥウガナビラ ♪
今日は怖い話の第2弾です。
その名も真玉橋幽霊 (まだんばしゆうれい)のお話です。
この話は、昔々の琉球の悲しい史実なんです。
現在、那覇市と豊見城市の境には国場川という川が流れていますが、その川に掛かっている橋の名を真玉橋といいます。
ご存知のように沖縄は台風銀座とも言われるように台風の通り道となっています。
毎年毎年、台風が来るとその国場川は大氾濫をおこしていました。
そのたびに近隣の田畑は作物がダメになり、橋は流されるなどの被害を受けてきました。
そしてある年のこと、とうとう年貢を納めることが出来なくなってしまったのです。
そして、村人たちはその旨をお役人に直訴しました。
幸い、その人は役人には似つかわしくなく優しい人でした。
「国場川の氾濫で真玉橋が流されるのか?う??ん、困った・・・。」
役人はしばらく考え込んでいましたが、やがてポンッと手を叩きました。
「そうだっ、首里の城下町に有名なユタ(巫女)がいる。彼女なら何かいい案を授けてくれるだろう。」
「お願いします、お役人様。どうかこの村を救ってください。」
村人たちは藁にもすがる思いです。
そして2,3日後に待ちに待ったユタが首里からやって来ました。
村人たちが見守る中そのユタは橋の上で、でお米や魚、御酒などを神様にお供えし、一心不乱に祈りを捧げました。
そしてご神託が下りました。
「七色の髪留めをしている村娘を供えればもう橋は壊れないじゃろう。」
村人たちは喜んでその通りにしました。そして二度と橋は台風が来ても流されなくなりました。
そうなんです。真玉橋幽霊の話とは全国各地にある人身御供のお話だったんですね。
これは怖いと言うよりも悲しいお話でしたね。
以上です。
今日は怖い話の第2弾です。
その名も真玉橋幽霊 (まだんばしゆうれい)のお話です。
この話は、昔々の琉球の悲しい史実なんです。
現在、那覇市と豊見城市の境には国場川という川が流れていますが、その川に掛かっている橋の名を真玉橋といいます。
ご存知のように沖縄は台風銀座とも言われるように台風の通り道となっています。
毎年毎年、台風が来るとその国場川は大氾濫をおこしていました。
そのたびに近隣の田畑は作物がダメになり、橋は流されるなどの被害を受けてきました。
そしてある年のこと、とうとう年貢を納めることが出来なくなってしまったのです。
そして、村人たちはその旨をお役人に直訴しました。
幸い、その人は役人には似つかわしくなく優しい人でした。
「国場川の氾濫で真玉橋が流されるのか?う??ん、困った・・・。」
役人はしばらく考え込んでいましたが、やがてポンッと手を叩きました。
「そうだっ、首里の城下町に有名なユタ(巫女)がいる。彼女なら何かいい案を授けてくれるだろう。」
「お願いします、お役人様。どうかこの村を救ってください。」
村人たちは藁にもすがる思いです。
そして2,3日後に待ちに待ったユタが首里からやって来ました。
村人たちが見守る中そのユタは橋の上で、でお米や魚、御酒などを神様にお供えし、一心不乱に祈りを捧げました。
そしてご神託が下りました。
「七色の髪留めをしている村娘を供えればもう橋は壊れないじゃろう。」
村人たちは喜んでその通りにしました。そして二度と橋は台風が来ても流されなくなりました。
そうなんです。真玉橋幽霊の話とは全国各地にある人身御供のお話だったんですね。
これは怖いと言うよりも悲しいお話でしたね。
以上です。
チュゥウガナビラ♪
GIMAです。
今日から連続でちょっとばかり沖縄の怖い話シリーズをやってみたいと思ってます。
沖縄はもう暑いもんで・・・・(笑)
まず第一弾はキジムナーのお話です。
キジムナーを一言で言い表すとすれば樹の精ですね。
沖縄にはガジュマルの樹が沢山あります。
キジムナーは、そのガジュマルの樹の精と言われているんです。
一般的にはその姿は子供の容姿をしていて上半身は裸、下半身はガジュマルの葉を束ねて腰に巻きつけています。
そして大人には絶対に見えなくて、子供にしかその姿は見えない。
子供たちに混じって一日中遊びまわっているそうです。
ちょうど東北地方の座敷わらしといったところでしょうか。
しかし、座敷わらしと決定的に違う所はキジムナーは人間の家には住みつきません。
ましてや、その家を繁栄させるなんて聞いた事もありません。
昼間は無邪気に子供たちと遊び、夜はガジュマルの樹に戻って眠りにつく。
そういう沖縄らしいと言えば沖縄らしい、人畜無害なカワイイ存在なんですね。
私もそう思い込んでいました。
去年の今頃までは・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・!
そう、アレは去年の今頃の事です。
私の友人に、物凄く霊感が強い女性がいるんです。
その女性は代々巫女の家系で、本来ならユタになるべき人だったのです。
しかし、21歳のときに若い男性に恋をしてユタになる事を蹴ってまでも、その男性と結婚する事を強く望みました。
ユタになる事を周りから強く嘱望されていた彼女が、すべてを捨ててまで彼と一緒になるには困難を極めました。
しかし彼女は幾多の試練を乗り越えて見事、彼とゴールインしたんです。
そしてその修行場を去る間際にお師匠さんが彼女にこう言ったそうです。
「修行を途中でやめたあなたはこれからどんどん霊感が弱くなり、最終的には普通の人ぐらいにまで霊力は落ちるでしょう。霊を視る事も話す事も出来なくなります。」
「だけど30歳になる頃には又、霊力が強くなります。その時があなたにとっての本当の岐路になりますよ。」
そんな事を言われても、これから結婚を控えている彼女にとってはあまり気にならなかったそうです。
結婚後、お師匠さん言った通りに彼女は徐々に霊感を失っていきました。
そのうちに、可愛い女の子が生まれて幸せに暮らしていたそうなんですが、やはり30歳を目前にした頃から霊の声が又、聞こえるようになってきたんだそうです。
そして40歳になった現在、ユタになるための修行をしている頃とは比べ物にならない程度の霊感しかないと彼女は笑って言うのだが・・・。
・・・・・・・・・・・。
おっと、前置きが長くなってしまった。(汗)
話を戻しますね。
去年の今頃、その彼女と喫茶店で話をしている際にひょんなことからキジムナーの話になったんですね。
私はキジムナーという妖怪は人畜無害でカワイイものだという、自論を述べたんですが、そのとたん彼女の顔から一瞬血の気が引き、テーブルの下で私の足を強く踏みつけたんです。
アガー! (注:沖縄人はみんなこう言います。)
そして自分の口元に人差し指を持っていき、私に黙るように目で合図をするのです。
私は何がなんだか分かりませんでしたが、とりあえず彼女の意見を聞き入れる事にしました。
2、3分ぐらい私たちは沈黙していましたが、やがて彼女のほうから口を開きました。
「さっきはいきなり足を踏んずけちゃってごめんネ。だけど本当に危なかったのよ。」
「危ないって・・・何が?」
私はポカンと口を開けながら聞き返します。
「キジムナーよ。キジムナーの話。」
「ああ、さっきの話ね。」
私はやっと得心がいき頷きました。
「さっきはあなたがキジムナーの話をしかけたものだから、近寄って来てたのよ。」
「・・・誰が?」
「キジムナー。」
・・・・・・・・・・・・・・・?
「うっそ????!! マジで?」
「今、ここに居たのかい?」
「うん。」
「へ??、見てみたかったな。それで、その子はどんな感じだった?」
「子供じゃないわよ。大人の男・・? いいえ、雄かな。」
「ハァ? オス????? 大人の男?」
「どゆこと?」
私は目がテン状態です。彼女が何を言っているのかサッパリ分かりませんでした。
「アンタ、もしかしてキジムナーって子供の妖怪と思っているの?」
「うん。」
「ぜんっぜん違うよ。キジムナーって人間の姿かたちはしているけれども人間じゃないの。」
「妖怪だろ?」
「アンタは何か勘違いしてるみたいだから教えてあげるけど・・・、幽霊って知ってるよね。」
「うん。」
「幽霊・・・、まあ、霊って呼ぼうね。人間は他界すると霊になるよね。」
「うん。」
「そのときに成仏できれば問題ないんだけれども、何か心に強く思っている事などがあると成仏できずに浮遊霊となってこの世にとどまる事になるのよ。」
「ふ????ん。」
「その浮遊霊はほとんどが弱々しいの。暗がりに立ってほとんど動かないし、自分の執着に囚われて心ここにあらずってカンジ。」
「そして大体の霊は自分のことで頭がいっぱいだからほとんど無害なの。」
「ふ????ん。じゃあ、怖くないな。」
「そう。霊の場合はね。けど、キジムナーはぜんぜん違うの。自分の意思を持って精力的に動き回っているし、機会があれば生きている人間に悪さをしようとしているのもいるわ。」
「マ、、マジ?」
「うん、マジ。それにね、その姿が恐ろしいのよ。」
「だ、だって人間の姿なんだろ?」
「うん。姿かたちは人間なんだけれども全身が緑色なの。そして一番恐ろしいのがその眼なのよ。」
「め、め、眼ぇ?」
「そう、眼。獣の眼なの。それがなまじ人間の顔なのでハンパじゃなく怖いのよ。」
ぞぞ????????(汗)
その時私は不覚にも本気でビビッてました。ビビリついでに何気に自分のコーヒーカップに視線を落とすと・・・・。
一瞬、ブラックコーヒーの中にギラギラ光っている得体の知れない獣の左目みたいな物が見えたような気がしました。
きっと錯覚でしょう。(ビクビク}
GIMAです。
今日から連続でちょっとばかり沖縄の怖い話シリーズをやってみたいと思ってます。
沖縄はもう暑いもんで・・・・(笑)
まず第一弾はキジムナーのお話です。
キジムナーを一言で言い表すとすれば樹の精ですね。
沖縄にはガジュマルの樹が沢山あります。
キジムナーは、そのガジュマルの樹の精と言われているんです。
一般的にはその姿は子供の容姿をしていて上半身は裸、下半身はガジュマルの葉を束ねて腰に巻きつけています。
そして大人には絶対に見えなくて、子供にしかその姿は見えない。
子供たちに混じって一日中遊びまわっているそうです。
ちょうど東北地方の座敷わらしといったところでしょうか。
しかし、座敷わらしと決定的に違う所はキジムナーは人間の家には住みつきません。
ましてや、その家を繁栄させるなんて聞いた事もありません。
昼間は無邪気に子供たちと遊び、夜はガジュマルの樹に戻って眠りにつく。
そういう沖縄らしいと言えば沖縄らしい、人畜無害なカワイイ存在なんですね。
私もそう思い込んでいました。
去年の今頃までは・・・・・。
・・・・・・・・・・・・・・!
そう、アレは去年の今頃の事です。
私の友人に、物凄く霊感が強い女性がいるんです。
その女性は代々巫女の家系で、本来ならユタになるべき人だったのです。
しかし、21歳のときに若い男性に恋をしてユタになる事を蹴ってまでも、その男性と結婚する事を強く望みました。
ユタになる事を周りから強く嘱望されていた彼女が、すべてを捨ててまで彼と一緒になるには困難を極めました。
しかし彼女は幾多の試練を乗り越えて見事、彼とゴールインしたんです。
そしてその修行場を去る間際にお師匠さんが彼女にこう言ったそうです。
「修行を途中でやめたあなたはこれからどんどん霊感が弱くなり、最終的には普通の人ぐらいにまで霊力は落ちるでしょう。霊を視る事も話す事も出来なくなります。」
「だけど30歳になる頃には又、霊力が強くなります。その時があなたにとっての本当の岐路になりますよ。」
そんな事を言われても、これから結婚を控えている彼女にとってはあまり気にならなかったそうです。
結婚後、お師匠さん言った通りに彼女は徐々に霊感を失っていきました。
そのうちに、可愛い女の子が生まれて幸せに暮らしていたそうなんですが、やはり30歳を目前にした頃から霊の声が又、聞こえるようになってきたんだそうです。
そして40歳になった現在、ユタになるための修行をしている頃とは比べ物にならない程度の霊感しかないと彼女は笑って言うのだが・・・。
・・・・・・・・・・・。
おっと、前置きが長くなってしまった。(汗)
話を戻しますね。
去年の今頃、その彼女と喫茶店で話をしている際にひょんなことからキジムナーの話になったんですね。
私はキジムナーという妖怪は人畜無害でカワイイものだという、自論を述べたんですが、そのとたん彼女の顔から一瞬血の気が引き、テーブルの下で私の足を強く踏みつけたんです。
アガー! (注:沖縄人はみんなこう言います。)
そして自分の口元に人差し指を持っていき、私に黙るように目で合図をするのです。
私は何がなんだか分かりませんでしたが、とりあえず彼女の意見を聞き入れる事にしました。
2、3分ぐらい私たちは沈黙していましたが、やがて彼女のほうから口を開きました。
「さっきはいきなり足を踏んずけちゃってごめんネ。だけど本当に危なかったのよ。」
「危ないって・・・何が?」
私はポカンと口を開けながら聞き返します。
「キジムナーよ。キジムナーの話。」
「ああ、さっきの話ね。」
私はやっと得心がいき頷きました。
「さっきはあなたがキジムナーの話をしかけたものだから、近寄って来てたのよ。」
「・・・誰が?」
「キジムナー。」
・・・・・・・・・・・・・・・?
「うっそ????!! マジで?」
「今、ここに居たのかい?」
「うん。」
「へ??、見てみたかったな。それで、その子はどんな感じだった?」
「子供じゃないわよ。大人の男・・? いいえ、雄かな。」
「ハァ? オス????? 大人の男?」
「どゆこと?」
私は目がテン状態です。彼女が何を言っているのかサッパリ分かりませんでした。
「アンタ、もしかしてキジムナーって子供の妖怪と思っているの?」
「うん。」
「ぜんっぜん違うよ。キジムナーって人間の姿かたちはしているけれども人間じゃないの。」
「妖怪だろ?」
「アンタは何か勘違いしてるみたいだから教えてあげるけど・・・、幽霊って知ってるよね。」
「うん。」
「幽霊・・・、まあ、霊って呼ぼうね。人間は他界すると霊になるよね。」
「うん。」
「そのときに成仏できれば問題ないんだけれども、何か心に強く思っている事などがあると成仏できずに浮遊霊となってこの世にとどまる事になるのよ。」
「ふ????ん。」
「その浮遊霊はほとんどが弱々しいの。暗がりに立ってほとんど動かないし、自分の執着に囚われて心ここにあらずってカンジ。」
「そして大体の霊は自分のことで頭がいっぱいだからほとんど無害なの。」
「ふ????ん。じゃあ、怖くないな。」
「そう。霊の場合はね。けど、キジムナーはぜんぜん違うの。自分の意思を持って精力的に動き回っているし、機会があれば生きている人間に悪さをしようとしているのもいるわ。」
「マ、、マジ?」
「うん、マジ。それにね、その姿が恐ろしいのよ。」
「だ、だって人間の姿なんだろ?」
「うん。姿かたちは人間なんだけれども全身が緑色なの。そして一番恐ろしいのがその眼なのよ。」
「め、め、眼ぇ?」
「そう、眼。獣の眼なの。それがなまじ人間の顔なのでハンパじゃなく怖いのよ。」
ぞぞ????????(汗)
その時私は不覚にも本気でビビッてました。ビビリついでに何気に自分のコーヒーカップに視線を落とすと・・・・。
一瞬、ブラックコーヒーの中にギラギラ光っている得体の知れない獣の左目みたいな物が見えたような気がしました。
きっと錯覚でしょう。(ビクビク}
チュゥウガナビラ。(訳:こんにちは。)
GIMAです。
今日はハジチについてお話してみようかと思います。
皆さんハジチって何だと思います?
それは古代琉球女性のステイタスともいえるファッションに関連する事なんです。
ではズバリ、ハジチとは・・・・。
刺青です。
女性の手の甲に施した刺青の事なんですね。
縫い針を何本も束ねて手の甲に突き刺し、そこに墨を流し込んで独特の紋様を描き出してゆくのです。
その紋様には、一つひとつに意味があって呪術的な意味合いも多大にありました。
例えば、イカリのマークの海人ハジチは「男らしさ、海の男」の象徴。「天」を意味するアーマンは「永遠、深い愛」につながり、太陽の「ティダ」は勝利をもたらすなどです。
縫い針を束ねて突き墨で模様を刻んだハジチは、幼児期から数回にわたって行われ、17歳ごろ指先部分が仕上がると、大人の女性とみなされました。
現代から見ると苦痛としか思えないその行為も、古代琉球女性たちには一つのステイタスだったんでしょうね。
その証拠に明治の初期に禁止令が出たのにもかかわらず、その後もハジチを施す女性はあとを絶ちませんでした。ハジチを気味悪く思う異人や異郷の者から身を守るためであり、さらには幸福を呼び込む呪術的な意味があったからです。
ちなみに祖母に聞いてみると、祖母の母(ひいばあちゃん)の両手の甲には立派なハジチが施されていたそうです。
(実物を見てみたかった。)
今日のお話はハジチでした。
それでは。
GIMAです。
今日はハジチについてお話してみようかと思います。
皆さんハジチって何だと思います?
それは古代琉球女性のステイタスともいえるファッションに関連する事なんです。
ではズバリ、ハジチとは・・・・。
刺青です。
女性の手の甲に施した刺青の事なんですね。
縫い針を何本も束ねて手の甲に突き刺し、そこに墨を流し込んで独特の紋様を描き出してゆくのです。
その紋様には、一つひとつに意味があって呪術的な意味合いも多大にありました。
例えば、イカリのマークの海人ハジチは「男らしさ、海の男」の象徴。「天」を意味するアーマンは「永遠、深い愛」につながり、太陽の「ティダ」は勝利をもたらすなどです。
縫い針を束ねて突き墨で模様を刻んだハジチは、幼児期から数回にわたって行われ、17歳ごろ指先部分が仕上がると、大人の女性とみなされました。
現代から見ると苦痛としか思えないその行為も、古代琉球女性たちには一つのステイタスだったんでしょうね。
その証拠に明治の初期に禁止令が出たのにもかかわらず、その後もハジチを施す女性はあとを絶ちませんでした。ハジチを気味悪く思う異人や異郷の者から身を守るためであり、さらには幸福を呼び込む呪術的な意味があったからです。
ちなみに祖母に聞いてみると、祖母の母(ひいばあちゃん)の両手の甲には立派なハジチが施されていたそうです。
(実物を見てみたかった。)
今日のお話はハジチでした。
それでは。
チュゥウガナビラ。
昨日は石巌當の話から琉球国の大貿易時代にまで、話がついつい広がちゃいましたね。
琉球国の大貿易時代の話は結構面白いので、後でまとめてお話しますね。
今日は話が広がりすぎないよう気を引き締めて行きたいと思います。
さて、昨日は海だったので今日は陸のお話です。(笑)
実は、石巌當の由来は未だハッキリとは分かっていないのです。
色々な説はあるんだけれども、どれも今ひとつ確証性に欠けるのです。
その中で、現在最も有力視されているのが豪傑(ごうけつ)説なんです。
では、豪傑説とは何か?
琉球と中国との関わりは、昨日お話した通りなんですが、
その古代中国の歴史の中においては数多くの英雄や豪傑が輩出されていますよね。
水滸伝然り、三国志しかりです。
いつの時代なのかはハッキリとは分かりませんが中国史の文献において、石巌當という名前の人物が実在していたらしいんです。
日本で言ったら地方の豪族の頭領といったところでしょうか。
そしてこの石巌當なる人物はかなりの豪傑だったらしいんです。
そこで古代琉球の人々はその名前にあやかって石に石巌當という文字を彫り込んで、三叉路などの道の突き当たりにその石を立て掛けたんです。
では何故、石巌當は必ず道の突き当たりに設置されたのか?
不思議だと思いませんか?
それは、沖縄ではマジムン(魔物、災い)は「マットーバーしかアッカラン」
(まっすぐにしか歩けない、進めない。)と、信じられてきたからなのです。
ですからひと昔前の沖縄では、一本道の突き当たりの家や、三叉路の真ん中にある家、道には必ず石巌當がありました。
現在では鉄筋コンクリートの建物が急増してあまり見かけなくなり、ちょっと寂しい気もします。
以上で石巌當の由来についてのお話はお終いです。
では、また。
昨日は石巌當の話から琉球国の大貿易時代にまで、話がついつい広がちゃいましたね。
琉球国の大貿易時代の話は結構面白いので、後でまとめてお話しますね。
今日は話が広がりすぎないよう気を引き締めて行きたいと思います。
さて、昨日は海だったので今日は陸のお話です。(笑)
実は、石巌當の由来は未だハッキリとは分かっていないのです。
色々な説はあるんだけれども、どれも今ひとつ確証性に欠けるのです。
その中で、現在最も有力視されているのが豪傑(ごうけつ)説なんです。
では、豪傑説とは何か?
琉球と中国との関わりは、昨日お話した通りなんですが、
その古代中国の歴史の中においては数多くの英雄や豪傑が輩出されていますよね。
水滸伝然り、三国志しかりです。
いつの時代なのかはハッキリとは分かりませんが中国史の文献において、石巌當という名前の人物が実在していたらしいんです。
日本で言ったら地方の豪族の頭領といったところでしょうか。
そしてこの石巌當なる人物はかなりの豪傑だったらしいんです。
そこで古代琉球の人々はその名前にあやかって石に石巌當という文字を彫り込んで、三叉路などの道の突き当たりにその石を立て掛けたんです。
では何故、石巌當は必ず道の突き当たりに設置されたのか?
不思議だと思いませんか?
それは、沖縄ではマジムン(魔物、災い)は「マットーバーしかアッカラン」
(まっすぐにしか歩けない、進めない。)と、信じられてきたからなのです。
ですからひと昔前の沖縄では、一本道の突き当たりの家や、三叉路の真ん中にある家、道には必ず石巌當がありました。
現在では鉄筋コンクリートの建物が急増してあまり見かけなくなり、ちょっと寂しい気もします。
以上で石巌當の由来についてのお話はお終いです。
では、また。
チュゥウガナビラ。
今日は書くのも読むのも難しい石巌當(イシガントゥウ)についてのお話です。
コレ、何だと思います?
わかりますか?
答えは・・・・・
↓
↓
↓
↓
↓
ズバリ、魔よけの石のことなんですね。
(引っぱりすぎ・・・・(照)
正確には石に彫られた魔よけの漢字なんです。
同じ魔よけでも昨日お話ししたシーサーとは、また一味違うものなんです。
沖縄の歴史は古代より中国文明と深い関わりがあるというのはご存知ですか?
ご承知のように沖縄はちっぽけな島国です。
大昔から、そのちっぽけな島国の人々が生きていく為には大国の力添えが必要不可欠でした。
古代琉球の歴代の王様はその時代、時代の中国の皇帝に何度も何度も使者を送り、何とか友好関係を取り付ける事に成功してきました。
友好国というよりは属国ですね。
属国というと響きは悪いのですが、現実には遠い中国から軍隊がやって来るわけでもなく、コチラからは島の特産品を献上し、中国からはその時代においての最高の知識や技術などの文化を享受させてもらっていたわけです。
ちなみに、当時から海賊というものは存在していました。
この海賊には中国の皇帝も頭を悩ませていました。彼らのおかげで自国の貿易が多大な損失を被っていたからです。
それを知った琉球国王は早速、中国皇帝へ使者を送りました。
「中国本土から東シナ海へはあまりにも遠すぎます。兵士たちの疲労も大変なものでしょう。ここは日頃のご好意のお礼に地理的にも近い、我が琉球国に海賊退治を任せて貰えませんか?」
その申し出に皇帝はとても喜びました。何故ならば、自国の人員や経費の負担を琉球国が肩代わりし、更には海賊も掃討できて一石二鳥だったからです。
「是非、そうしてくれ。何か困ったことがあれば何なりと言ってきなさい。」
そうして、その時代における世界最高の造船技術や航海術、更には超大国中国の後ろ盾を得た琉球国は、世界を股に架けた大貿易時代に突入してゆくのでした。
な??んか話が長くなちゃいましたね。
続きはまた明日です。
それでは。
チュゥウガナビラ。(訳:こんにちは。)
GIMAです。
今日はこのブログサイトと同じ名前のシーサーについてお話したいと思います。
私はこのシーサーブログを初めて見つけたときにはビックリしてしまいました。
なぜって?
ご存知の方も多いと思いますが、シーサーとはここ沖縄に古くから伝わる魔よけの像の事なんです。
よくTVや雑誌で紹介されていますが、赤瓦の屋根の上に居座って辺りを睥睨しているアレです。
姿、形はちょうど神社などで見かける狛犬にそっくりです。
ですが狛犬と大きく違うところはその顔なんですね。
シーサーの顔は獅子なんです。
屋根の上からギョロ目でマジムン(魔物、災い)を常に見張っていて、そのマジムンが屋敷内に入ろうとすると獅子のように飛びかかって追い払ってくれるというんですね。
だからマジムンはシーサーを怖がっていて、シーサーがいる屋敷には近づかない、とされているんです。
まあ例えるなら、あの人造人間キャシャーンの愛犬フレンダーみたいなものかな?(ぜんっぜん違うかな?)
シーサーは焼き物としても有名で、那覇市の壺屋にある通称「やちむん通り」にはありとあらゆる表情のシーサーがコレでもかっ、と言うくらい沢山いますので沖縄に来たときには是非、足を運んでみてください。
今日のお話は以上です。
GIMAです。
今日はこのブログサイトと同じ名前のシーサーについてお話したいと思います。
私はこのシーサーブログを初めて見つけたときにはビックリしてしまいました。
なぜって?
ご存知の方も多いと思いますが、シーサーとはここ沖縄に古くから伝わる魔よけの像の事なんです。
よくTVや雑誌で紹介されていますが、赤瓦の屋根の上に居座って辺りを睥睨しているアレです。
姿、形はちょうど神社などで見かける狛犬にそっくりです。
ですが狛犬と大きく違うところはその顔なんですね。
シーサーの顔は獅子なんです。
屋根の上からギョロ目でマジムン(魔物、災い)を常に見張っていて、そのマジムンが屋敷内に入ろうとすると獅子のように飛びかかって追い払ってくれるというんですね。
だからマジムンはシーサーを怖がっていて、シーサーがいる屋敷には近づかない、とされているんです。
まあ例えるなら、あの人造人間キャシャーンの愛犬フレンダーみたいなものかな?(ぜんっぜん違うかな?)
シーサーは焼き物としても有名で、那覇市の壺屋にある通称「やちむん通り」にはありとあらゆる表情のシーサーがコレでもかっ、と言うくらい沢山いますので沖縄に来たときには是非、足を運んでみてください。
今日のお話は以上です。

