沖縄探索日記
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沖縄ー琉球人説


琉球民族論


琉球王国統一以前は、各島嶼が独立した勢力でありました。


しかし琉球民族論を主張するものは歴史的に琉球は別の王国であったため、大和の朝廷とは別の民族であったと主張しています。


それはどういう意味方言うと結果的に、日本統一後の最大版図を民族領域としていると言う事に過ぎません。


逆に、琉球は歴史的にも日本民族であると唱える側は、大和地方にあった日本の朝廷が拡大していく過程で、沖縄は取り込まれるのが単に最後であったに過ぎず、他の日本の地方と同格であると主張されています。


政治的な人種論に対する批判として指摘されることは、日本列島の住民は複数の人種の混血であり、その混血度は地域によって異なりますよね。


しかし、全般的に見て日本列島の住民は語族が同一であるだけでなく遺伝的にも近縁なもの同士であるとも言えるのです。


そしてさらに朝鮮半島や中国大陸の住民とも近縁同士ということにもなります。


琉球民族と大和民族が遺伝的に違うと主張すれば、琉球人と似た風貌や特徴を持つ九州南部の住民をどう定義するのかという問題が起こります。


境界の線引きを曖昧にして琉球人は人種的に大和民族であると主張すれば、遺伝的に同じように近い朝鮮半島や中国大陸の住民と本土の住民を区分するかどうかと言う問題になってしまいます。

今日も昨日の続きです。


さて、本土の住人と南西諸島の住人の先祖は果たして同一なのかとどうなのかいう問題でしたが結局、ある一つの結論に達しました。


それは近年の考古学などの研究から、南西諸島の住民の先祖は九州南部から比較的新しい時期に南下して定住したものであると分ってきたのです。


奄美地方では「平家の落人」伝説など古くから本土側の住民との遺伝的な交流があったものと思われ、遺伝的・人類学的にみても両者の間に明瞭な境界線を引くことはきわめて難しいと思われます。


実は、琉球も本土の人間も縄文人を祖先とすることが最近の遺伝子の研究で明らかになってきています。


また、中国南部及び東南アジアの集団とは、地理的には近く昔から活発な交易が行われていたため、本土の住民と違いその影響があったと考えられていました。


しかし近年になってから、遺伝子などの研究からそれらの集団とは比較的離れていることが判明しました。


その結果本土の住民との近縁性や、同じく縄文人の子孫とされる北海道のアイヌ民族との近縁性が浮かび上がってきました。


本土の住民は、弥生時代の人骨や近年の遺伝子の研究から、朝鮮半島や中国北部といった東アジアの集団とも近縁であることも判明しました。


(日本人や琉球人、アイヌ人はいずれも最近の遺伝子研究によりおおむね北方起源説が有力とされています。)



唐突ですが・・・。


琉球民族論を主張する人々は大和民族との違いを強調します。


一方で琉球日本人論を主張する者は逆を強調するなど、学術的判断とかけ離れたところで議論が展開されることがよくありますよね。


しかしよく考えてみると所定の地域内に住む住民を同一民族とみなすことは、基本的にはイスラエル国内に住むユダヤ人のように集団内に遺伝的な差異があっても差し支えはありません。


そしてそれは文化的な同一性で決定づけられるものだとおもわれます。


また、生物学的な人類の区別は人種と呼ばれ、文化的な違いを定義する民族とは意味合いが異なるものです。